毎年8月の土・日曜に行われる古利根川流灯祭は組み立て細工の要領で釘を使わず手作りで畳1畳分もある日本一大きな灯篭を杉戸町と隣の宮代町との境を流れる古利根川に浮かべるお祭りです。この大灯籠が、200~250基、ミニ灯篭も加えると約1kmにわたり光の帯が川面を埋め尽くす様は、まさに見物です。
→詳しくは「杉戸町観光協会HP」をご覧下さい
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信濃川はかつて度重なる水害で越後平野に壊滅的な被害を及ぼしてきました。この被害をなくすため、増水した水の一部を越後平野に入る前に日本海へ流す目的で大河津分水が作られました。この大河津分水により越後平野は水害から守られ、日本有数の米の生産地として成長を遂げました。
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東京の「水神社」は早稲田大学の北を東西に流れる神田川のほとりにある小さな神社です。江戸時代、水神が八幡宮社司の夢枕に立ち、「我水伯(水神)なり。我をこの地に祀らば堰の守護神となり、村民を始め江戸町ことごとく安泰なり」と告げたのが建立の由来だと言われています。
付近は徳川家康の命により開かれた日本初の上水である神田川上水の起点で、井の頭池(東京都三鷹市)を水源とし、神社の前を流下し、大滝橋あたりに築かれた堰から上水を水戸屋敷に入れ、樋で地下を神田や日本橋方面に流したそうです。
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「日本橋(ニホンバシ)」は東京都中央区の日本橋川にかかる中央通りの橋で、東京都区部の道路元標があり、日本の道路網の始点となっています。
橋梁は、1999年(平成11年)5月13日に「日本橋」として、国の重要文化財(建造物)に指定されました。しかしながら、東京オリンピックを控えて直上に首都高速道路が建設され、橋から空を見上げる事ができなくなっており、日本橋付近の住民によって、橋の上を覆っている首都高速道路を地下へ通し、景観を復活させる構想が立てられています。
なお、周辺地域は日本銀行本店や東京証券取引所が立地する日本を代表する金融街で、高島屋や三越といった老舗の商業施設等、見所も多く、観光ツアー等も開催されています。
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→>>日本橋川の関連記事はこちら(JRRNニュースレターNo.8(PDF 164KB))
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「岩淵水門」は、東京都北区志茂において荒川と隅田川を仕切る水門で人工河川である「荒川放水路」(現在の荒川本流)と旧流路である「隅田川」の分岐点にあります。
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かつて犀川水系奈良井川支流田川の支渓牛伏川の上流域は、斜面崩落などにより河川に土砂が流出し、河床が上がり、その結果下流域で度々大きな水害に見舞われていました。その為1885年(明治18年)から1918年(大正7年)までの約30年にわたり牛伏川砂防工事が実施されました。
その砂防工事の中で、特に急勾部分の水の流れを制御するために現在の牛伏川フランス式階段工が建造されました。この階段工はフランスプロバンス地方を流れるサニエール渓谷のデュランス川の階段工法をそのまま設計したもので、延長141メートルの石張りの水路に19段の段差が構築されて、現在もその特徴的な姿容を残しています。
この河川構造物は平成14年9月に国の登録有形文化財(登録有形文化財第20-0105号)に登録され、現在周辺にはキャンプ場や遊歩道などが整備され、市民の憩いの場となっています。
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